「植物学の父」牧野 富太郎

「植物学の父」

牧野 富太郎

植物と共に過ごした植物学者

牧野氏は高知県高岡郡佐川町に生まれ、幼いころから植物に興味を持ち、独学で植物の知識を身につけていきました。
その後2度目の上京の時に東京大学理学部植物教室への出入りを許され、研究に打ち込むようになります。
そして自ら創刊に携わった「植物学雑誌」に新種ヤマトグサを発表し、日本人として国内で初めて新種に学名をつけました。

数多くの植物の名付け親

94年の生涯において収集した標本は約40万枚、蔵書は約45,000冊を数えます。
新種や新品種など約1,500種類以上の植物を命名し、日本植物分類学の基盤を築いた一人として知られています。

多くの蔵書を刊行

現在でも研究者や愛好家の必携の書である「牧野日本植物図鑑」を刊行。
全国からの要望に応じて各地を巡り、植物を知ることの大切さを一般に広く伝え、植物知識の普及にも尽力しました。
1957年には文化勲章を受章しました。

施設紹介

牧野植物園

当時牧野氏が育んできた植物や刊行した蔵書、生涯使用していた遺品等が展示されています。植物も四季により見ごろのものが変わるので、いつ何時に訪れてもお楽しみいただけます。

【開園時間】9:00~17:00(最終入園16:30)
【入園料】 一般730円 (高校生以下無料)
      団体630円 (20名以上)
      年間入園券2,930円
      (1年間有効のフリーパス)

牧野公園

明治35(1902)年、牧野氏が東京からソメイヨシノの苗を送ってこられ、それを地元の有志が青源寺の土手などに植えたことから始まったといわれています。
昭和33(1958)年に公園内の町道が完成したときに「牧野公園」と称することとなり、今現在でも花見どころとして利用客が賑わっています。
公園の中腹には牧野氏と、同じ佐川町の出身である田中光顕の墓があります。

加茂の里

牧野氏が愛したと言われている小さな花、バイカオウレン。その群生地が佐川町東部の加茂地区に存在します。
本来バイカオウレンは標高1000m程の山林で生育するといわれていますがここ加茂地区にある山の標高は標高100mにも満たない程です。
そんな非常に珍しい環境下で見られるバイカオウレンは地主さんや加茂地区の皆様で管理しています。
群生地を鑑賞できる「バイカオウレンウォーキング」や清宝山を巡るコース、裏見の滝である「大たびの滝」を巡るコースなど、全3コースのウォーキングをスタッフの案内で楽しめます。

書籍

現在準備中です。

年譜

文久2(1862)酒造と雑貨を営む裕福な商家、岸屋の一人息子として生まれる。幼名「成太郎」
慶応元(1865) 3歳父、佐平死去。
慶応3(1867) 5歳母、久寿死去。
慶応4(1868) 6歳祖父、小左衛門死去。この頃、富太郎と改名。祖母、浪子に育てられる。
明治5(1872) 10歳土居謙護の寺子屋で習字を学ぶ。
明治6(1873) 11歳伊藤徳裕(蘭林)の塾で漢学、名教館で西洋の諸学科を学んだほか、英語学校で英語を学ぶ。
後の妻、小澤壽衛生まれる。
明治7(1874) 12歳佐川小学校に入学。
明治9(1876) 14歳この頃、小学校の授業に飽き足らず自主退学。
採集した植物を「重訂本草綱目啓蒙」などで調べ植物の名前を覚える。
明治10(1877) 15歳佐川小学校の臨時教員となる。昆虫にも興味を持ち採集する。
明治12(1879) 17歳佐川小学校の臨時教員を辞め高知市へ出る。弘田正郎の五松学舎に入塾する。
明治13(1880) 18歳植物の観察図や観察記録をつくる。高知中学校教諭の永沼小一郎を知り欧米の植物学の影響を受ける。
明治14(1881) 19歳顕微鏡や書籍を購入するため上京。第二回内国勧業博覧会見物のほか、文部省博物局に田中芳男、
小野職愨らを訪ね、日光などで植物採集し帰郷する。高知県西南部で植物採集を行う。
明治17(1884) 22歳二度目の上京。東京大学理学部植物学教室を訪ね、教授の矢田部良吉と助教授の松村任三を知り、
教室への出入りが許される。
明治18(1885) 23歳高知県西南部ほかで植物採集を行う。
明治19(1886) 24歳三度目の上京。東京近郊で植物採集を行う。この頃、石版印刷技術を習得する。
明治20(1887) 25歳「植物学雑誌」の創刊に携わる。祖母、浪子死去。
明治21(1888) 26歳四度目の上京。この頃、壽衛と東京根岸に所帯を持つ。「日本植物志図篇」刊行を始める。
明治22(1889) 27歳「植物学雑誌」第3巻第23号に大久保三郎と日本で初めて新種ヤマトグサに学名を付ける。
佐川理学会発足。 横倉山でコオロギラン発見。マキシモヴィッチに標本を送る。
明治23(1890) 28歳現在の東京都江戸川区でムジナモを発見する。植物学教室への出入りを禁止され、
マキシモヴィッチを頼りロシア行きを決意する。
明治24(1891) 29歳マキシモヴィッチの死去によりロシア行きを断念する。実家整理のため帰郷。高知県下で植物採集を行う。
明治26(1893) 31歳帝国大学理科大学嘱託、臨時雇用を経て助手となる。
京都府、愛知県、岐阜県、滋賀県、高知県へ植物採集のため出張命令が出る。
明治27(1894) 32歳京都府、愛知県、滋賀県、静岡県へ植物採集のため出張命令が出る。
明治29(1896) 34歳台湾へ植物採集のため出張命令が出る。
明治32(1899) 37歳「新撰日本植物図説」刊行を始める。
明治33(1900) 38歳農事試験場嘱託となる。「大日本植物志」刊行を始める。
明治34(1901) 39歳「日本禾本莎草植物図譜」「日本羊歯植物図譜」刊行を始める。
明治39(1906) 44歳滋賀県、岡山県、鳥取県、福岡県の各地で植物採集会を指導する。
明治40(1907) 45歳東京帝室博物館嘱託となる。「増訂草木図説」刊行を始める。
明治42(1909) 47歳横浜植物会が創立される。会の指導に当たる。
明治43(1910) 48歳東京帝国大学理科大学助手の休職を命じられ、同大学の植物調査嘱託となる。
明治44(1911) 49歳千葉県立園芸専門学校嘱託となる。東京植物同好会が創立され、会長となる。
明治45(1912) 50歳東京帝国大学理科大学講師となる。
大正2(1913) 51歳植物学者の白井光太郎、斎田功太郎、木村彦右衛門らとともに、来日したドイツの植物学者、
エングラーと日光で植物採集を行う。岡山県、広島県、高知県で植物採集会を指導する。
大正3(1914) 52歳千葉県立園芸専門学校に辞表を提出する。神奈川県、岡山県、鹿児島県で植物採集会を指導する。
大正5(1916) 54歳素封家の池長孟から援助の申し出がある。「植物研究雑誌」を創刊。
大正7(1918) 56歳兵庫県神戸市に池長植物研究所が開設される。開所式に壽衛とともに出席する。
大正11(1922) 60歳成蹊高等女学校長の中村春二より支援を受ける。
大正13(1924) 62歳東京帝室博物館より解嘱される。伊勢神宮の植物調査を行う。
大正15(1926) 64歳壽衛の尽力により、現在の東京都練馬区東大泉に居を構える。
大正15(1926) 64歳東京府北豊島郡大泉村(現在の練馬区東大泉)に居を構える。
昭和2(1927) 65歳理学博士の学位を受ける。仙台で新種のササを発見する。
昭和3(1928) 66歳壽衛死去。新種のササに「スエコザサ」と命名する。
昭和9(1934) 72歳高知県中~東部で植物採集を行う。「牧野植物学全集」刊行を始める。
昭和10(1935) 73歳岡山県、大阪府、岐阜県、福井県、富山県で植物採集会を指導する。
昭和11(1936) 74歳高知帰郷。高知市近郊で植物採集を行う。
昭和13(1938) 76歳長崎県、鹿児島県、熊本県、福岡県、兵庫県、愛媛県、広島県、大阪府、高知県で植物採集を行う。
昭和14(1939) 77歳東京帝国大学へ辞表を提出、講師を辞任する。
昭和15(1940) 78歳広島県、愛媛県、大分県で植物採集会を指導する。
大分県犬ヶ嶽で採集中に転落事故に遭い別府で静養する。「牧野日本植物図鑑」刊行。
昭和16(1941) 79歳現在の中国東北部へサクラ調査に赴く。
池長植物研究所で保管されていた標本が返還され、華道家の安達潮花より標品館の寄付を受ける。
昭和20(1945) 83歳空爆により標品館の一部が被弾し、山梨県巨摩郡穂坂村に疎開する。
昭和21(1946) 84歳個人雑誌「牧野植物混混録」刊行を始める。
昭和23(1948) 86歳皇居に参内、昭和天皇に植物学をご進講。
昭和24(1949) 87歳大腸カタルで危篤となるも奇跡的に回復する。
昭和25(1950) 88歳日本学士院会員となる。
昭和26(1951) 89歳文部省に牧野博士標本保存委員会設置され、標本整理が始まる。第1回文化功労者となる。
昭和27(1952) 90歳佐川の生家跡に「誕生の地」の記念碑が建つ。
昭和28(1953) 91歳東京都名誉都民となる。
昭和29(1954) 92歳風邪をこじらせ肺炎となり病臥する。
昭和30(1955) 93歳東京植物同好会が牧野植物同好会として再開する。
昭和31(1956) 94歳高知県高知市五台山に牧野植物園設立決定。佐川町名誉町民となる。病状が悪化し重体となる。
昭和天皇よりお見舞いのアイスクリームが届く。
昭和32(1957) 94歳9か月1月18日 永眠。東京都谷中の天王寺墓地に埋葬。没後、文化勲章を授与される。
昭和33(1958)高知県立牧野植物園開園。
東京都立大学理学部牧野標本館開館。
練馬区牧野記念庭園開園。
平成19(2007)没後50年
平成24(2012)生誕150年
令和4(2022)生誕160年